「習い事をたくさんやっていると、かわいそうじゃない?」
娘の幼児期、ママ友から何気なく言われたこの一言が、
今でもふとしたときに思い出されることがあります。
当時の私は、
無理やり習い事をさせているつもりなんてまったくありませんでした。
それでも、
「かわいそう」という言葉は、想像以上に心に残りました。
結論として、幼児期から習い事をしていても「かわいそう」ではありません。
大切なのは、子ども本人が楽しみ、成長を感じられているかどうかです。
この記事は、
幼児期に子どもの習い事について、
周りの言葉にモヤっとした経験がある保護者の方に向けて、
私の実体験と今振り返って思うことを書いています。
同じように、
- 習い事が多いのはやりすぎ?
- 周りの目が気になる
- 「かわいそう」と言われてモヤモヤした
そんな経験がある方の気持ちが、少し軽くなればうれしいです。
我が家は「無理やり習い事」をさせていなかった
まず大前提として、
我が家では 基本的に無理やり習い事をさせたことはありません。
幼児期の習い事の始め方は、いつも同じでした。
- 「こんなのがあるよ」
- 「行ってみたい?」
と声をかける
→ 体験に行ってみる
→ 娘が「やりたい」と言ったものだけ続ける
この流れです。
親が決めて押し付けるのではなく、
あくまで選ぶのは本人。
もちろん幼児なので、
すべてを理解して選んでいるわけではありません。
でも、
- 楽しそうか
- 行きたいと言うか
- 続けたい様子か
そういう反応を見ながら、
合わないものは無理に続けないようにしていました。
幼児期の習い事はかわいそう?と言われたときの気持ち
年中のある日。
保育園のお迎えの時間に、たまたまママ友と一緒になりました。
「今日は早いね」
そう言われて、
「このあと習い事に行くんだ」と何気なく答えたとき。
返ってきたのが、
「幼児から習い事をさせるのはかわいそうだから、
うちは小学生になってからでいいと思ってる」
という言葉でした。
突然のことで、
その場ではうまく言い返せませんでした。
でも内心では、
- 無理やりやらせているわけじゃない
- 娘は楽しんでいる
- どうして「かわいそう」になるんだろう
そんな気持ちが渦巻いていました。
「かわいそう」と言われてモヤモヤした理由
今思うと、
そのママ友には悪気はなかったのだと思います。
その方は、
いわゆる「のびのび育てる」タイプの子育てをしている方でした。
だからきっと、
- 幼児の習い事=親が無理にやらせている
- 習い事が多い=親の見栄
- 教育熱心すぎる
そんなイメージが、
無意識にあったのかもしれません。
でも、
こちらの事情を知らないまま言われた「かわいそう」は、
やっぱり少し刺さる言葉でした。
幼児の習い事は必要ない?価値観の違いに気づいた話
後日、別の機会にそのママ友と話したとき。
「うちは全部、本人がやりたいって言ったものだけやってるよ」
と伝えたことがありました。
すると返ってきたのが、
「幼児期の習い事って、
みんな親に無理やりやらされてるんだと思ってた。
娘ちゃんみたいなパターンもあるんだね」
という言葉。
そのとき初めて、
「ああ、価値観が違っただけなんだ」
と腑に落ちました。
どちらが正しい、ではない
今ならはっきり言えます。
私もそのママ友も、
どちらが正しい・間違っているという話ではなかったのだと思います。
- 習い事は小学生からでいいと思う人
- 幼児期から経験させたいと思う人
どちらも、
「子どもにとって何が一番いいか」
を考えた結果の選択です。
ただ、
前提として思い描いている「幼児の習い事像」が違った。
それだけのことだったのだと思います。
幼児期の習い事で大切なのは「数」ではなく「子どもの姿」
この経験を通して、
私が一番大事だと思うようになったのは、これです。
- 子ども本人が楽しんでいるか
- 無理をしていないか
- 成長を感じられているか
周りからどう見えるかより、
目の前の子どもの姿を信じること。
それに尽きると思っています。
幼児期から習い事をしてよかった理由
娘は、幼児期から習い事をしてきて、
小学校に入学した今、
「早くからやっててよかった」
と自分で言うことがあります。
それは、
単に“たくさん習い事をしていたから”ではなく、
その中で娘にとって大切なものが見つかったからだと思っています。
たとえば、我が家の場合はピアノ。
最初から「続けなさい」と決めていたわけではなく、
いくつか体験する中で、
本人が「これが好き」「もっとやりたい」と言ったものが、
結果的にピアノでした。
幼児期からの経験があったからこそ、
- 初めてのことに挑戦するハードルが低い
- 継続する力が自然と身についた
- 学校生活でも「やっていて助かった」と感じる場面がある
そんな変化が見られるようになりました。
そして何より、娘が「好き」を見つけて、毎日コツコツ努力する姿は、親として何事にも代えがたいものでした。
目標に向かって自分で練習を続ける姿を見ると、「習い事をしていてよかった」と心から思えます。
もちろん、
すべての子に当てはまる話ではありません。
でも少なくとも、
娘にとって「大切にしたいもの」が見つかったこと、
それが幼児期の経験の中にあったことは、
我が家にとって大きな意味があったと感じています。
習い事をたくさんしていると「かわいそう」と言われたときの考え方
もし今、
習い事について誰かに何か言われてモヤモヤしているなら。
- その人の価値観と違っただけ
- 子ども本人が楽しんでいるなら問題ない
- 家庭ごとにベストは違う
そう考えていいと思います。
習い事の数に、
正解はありません。
あるのは、
「その家庭に合っているかどうか」だけ。
まとめ|周りの声より、子どもの姿を信じていい
「習い事をたくさんやっていてかわいそう」
そう言われて傷ついた経験は、
今でも忘れられません。
でも今は、
- 無理やりやらせていない
- 子どもが楽しんでいる
- 成長を感じられている
それなら、それでいいと思えています。
周りの言葉に揺れることがあっても、
一番大切なのは、
目の前のわが子がどう感じているか。
それを信じて、
これからも「我が家のペース」で進んでいこうと思います。
他の人にどう思われているか気にするよりも、子どもが「好き」を見つけて輝く瞬間を大切にしたい。
そんなふうに今は思えています。






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