この記事は、
・子どものピアノを続ける意味に悩んでいる家庭
・AI時代の習い事の価値を考えたいママ・パパ
・努力や継続の意味を子どもに伝えたい方
に向けて書いています。
「AIがここまで進化するなら、ピアノって本当に意味があるの?」
「音楽もAIが作れる時代に楽器を練習する必要ある?」
そんな声を耳にすることが増えました。
けれど私は、AIの時代だからこそ、ピアノを頑張る意味はむしろ大きくなっていると感じています。
その理由は、知識としてではなく、
娘のピアノを日々そばで見てきた経験から、強く実感しているからです。
ピアノは「頑張った分しか上手くならない」習い事
ピアノは、とても正直な習い事です。
- 練習していないのに上達することはない
- 才能や音楽的センスがあっても、技術は別
- 毎日の積み重ねが、そのまま音になる
どれだけAIが進化しても、
人間が上達するには指を動かし、音を出し、失敗しながら身につける技術は省略できません。
娘を見ていると、それを痛いほど感じます。
毎日の練習と、生活と切り離せないピアノ
ピアノは、生活の一部になります。
毎日の練習。
帰省や旅行の予定が入ると、
「練習どうしよう?」が真っ先に頭に浮かぶ。
楽しい非日常の中でも、
ピアノは「休んでもいいもの」ではなく、
続ける前提で存在しているものです。
効率やタイパとは真逆の世界。
でもこの「時間をかける感覚」こそ、今の時代に貴重だと思っています。
コンクールの緊張と、思い通りにいかなかった本番
コンクール前の娘は、普段とは明らかに違います。
- 舞台に立つ前のやる気に満ちた表情
- 心臓が張り裂けそうなほどの緊張
- 家では弾けていたのに、うまくいかなかった本番
結果がどうであれ、
その経験は必ず次の練習に持ち帰られます。
「ここがダメだった」
「次はこうしたい」
失敗は、終わりではなく、
次の努力の材料になる。
これは、すぐに正解が出る世界では味わえない感覚です。
うまく弾けず、感情が爆発する日もある
練習中、
- 思うように弾けない悔しさ
- 時間内に終わらない焦り
- 「ちゃんとやりたい」という気持ち
が重なって、
感情が爆発してしまう日もあります。
泣いたり、怒ったり、立ち止まったり。
それでも、投げ出さない。
「やめたい」ではなく、
「できるようになりたい」が根っこにあるからです。
この感情の揺れそのものが、
とても人間らしく、尊いものだと感じます。
天才に見える人ほど、努力している
「才能があるからできるんでしょう?」
そう思われがちですが、実際は違います。
ピアニストの角野隼人さんは、インタビューでこう語っています。
「昔から、勉強が辛くなってきたらピアノへ、
ピアノが辛くなってきたら勉強へと、
お互いがお互いの気晴らしになっていました。
1日に勉強だけ14時間続けることはできないし、
ピアノだけ14時間練習もできない。
でも勉強7時間、ピアノ7時間ならできる」
天才に見える人ほど、
努力を続ける工夫をしながら、時間を積み重ねてきています。
娘の姿と重なり、強く心に残った言葉です。
AIでは「完璧」は作れても、「心を動かす音」は作れない
AIは、正確で完璧な演奏を再現できます。
でも、
- 緊張し、手に汗握りながら舞台に立つ気持ち
- 失敗しそうになりながら立て直す瞬間
- 積み重ねた時間がにじみ出る音
これは、生身の人間だからこそ生まれるものです。
だからこそ、
- ショパンコンクールの人気は衰えない
- 生演奏に価値がある
- 人が弾く音楽に感動する
AI時代になっても、
人間が努力してなせる芸術の価値は消えないと感じます。
時間をかけたからこそ、手に入る世界がある
ピアノは、
- 効率がいいとは言えない
- すぐに結果が出ない
- 忍耐も感情も必要
でもだからこそ、
- 努力した時間
- 失敗した経験
- それでも続けた意志
すべてが音に宿ります。
娘が
「やっぱりピアノが好き」
と言うたびに、
時間をかけたからこそ手に入る世界がある
ということを、私は教えられている気がします。
AIの時代だからこそ、ピアノを頑張る意味がある
AIに代わられないもの。
それは、
- 人が感情を揺らしながら努力すること
- 時間を積み重ねて到達すること
- 「その人がやる」からこそ生まれる価値
ピアノは、それを静かに、でも確実に育ててくれます。
だから私は、
AIの時代だからこそ、ピアノを頑張る意味がある
と、本気で思っています。






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